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キャサリン・クラフト「安部典子へのインタビュー」
ナッシャー・スカルプチャー・センター・マガジン、秋号
2017年

キャサリン・クラフト

ナッシャー・スカルプチャー・センター・マガジン、2017年秋号

キャサリン・クラフト:ノリコ、あなたはもともと絵画を学び、20代の頃には画家として発表していましたね。そこからどのようにしてカッティングの制作に至ったのですか。


安部:制作を続けるうちに、私の絵画はどんどん大きくなり、同時に複雑にもなっていきました。アイデアを強調するためです。私は無限の空間に強く惹かれていましたが、作品が大きく複雑になるほど、自分が考えている「無限空間」には到達できないと感じるようになり、、それで制作を一度やめました。自分に対してほとんど恥ずかしいような気持ちになり、こんなに大きな絵を描いて、毎年ギャラリーで発表して、自分は一体何をしているのだろう、と。


クラフト:まさに危機ですね。その後どうしましたか。


安部:最初は、線を引き始めました。本当に線だけです。それから「リハビリ」のような感覚でエッチングも始めました。版画であれば一本の線だけでも成立するので、何を描くべきかを考える必要がなかったのです。


クラフト:よりシンプルで、小さなスケールですね。より親密な制作になった。


安部:はい。その頃イタリアで、ルイス・カムニッツァーが主宰する版画のレジデンスに参加しました。初日にすべての作品を彼に見せたところ、彼は一言だけ言いました。「君にとってアートとは何か」。それはちょうど、自分を疑っていたときに考えていたことでした。「自分のオリジナルとは何か」。それが私の問いでした。

そのレジデンスは夏に行われるもので、私は三回参加しましたが、三回目に向かう飛行機の中で、青空の中に広がる白い雲を見たのです。本当に美しかった。そのとき、自然の中に溶け込んでしまいたいと強く感じました。自分が消えてしまえるような、自由の感覚を想像し、それが作品で表現したいことだと気づきました。それは一種の瞑想的な体験でした。レジデンスに着いてから、その感覚についてカムニッツァーに話し、「ついに、自分が何を表現したいのか見つけた気がします」と伝えました。


クラフト:そして、その時点でそれを形にする方法を見つける必要があった。


安部:そうです。この感覚を実際にどう表現するかと。最初は、紙の上にマッピングのイメージをドローイングで表しました。


クラフト:それは飛行機から見た景色、つまり俯瞰的な視点と関係していますか。


アンベ:おそらくは、川が大地に線を描くようなイメージです。それから、とにかく線を引き続けました。定規や道具は使わなかったので、直線ではなく、少し曲がったり歪んだりしています。そして、その自然な歪みが人間の感情を表しているのだと気づいたのです。これが自分のオリジナリティであり、この身体性だと。それらは水面や木の年輪のようにも見え、自然のディティールとつながっていきました。最初の作品ができたときはとても嬉しくて、このプロジェクトに少なくとも10年は費やし、毎日取り組もうと決めました。この作品には時間がとても重要だからです。木が毎年年輪を重ねていくように。そしてこの行為が何なのかを理解するには少なくとも10年は必要だと考えました。


クラフト:それはいつ頃ですか。


安部:1999年です。すでに17年目ですが(笑)。イタリアの後、助成を受けてニューヨークに移りました。あるとき画材店のパール・ペイントで、とても厚いスケッチブックを見つけ、そのときに線を描く代わりに、各ページを直接切れば三次元の作品になるのではないかと思ったのです。そこからその白いスケッチブックを切り始めました。


クラフト:なぜ三次元に関心を持ったのですか。


安部:制作を続けるうちに、作品をより三次元的な形として見たいと思うようになったので。版画をアーティスト・ブックとしてまとめるために、センター・フォー・ブック・アーツで製本を学んだこともあります。楽しかったのですが、少しプロセスが複雑すぎると感じました。


クラフト:もっと直接的な方法を求めていた。


アンベ:そうですね。ただ、本の形は今後使えると思いましたし、その後にパール・ペイントでその厚いスケッチブックを見つけたのです。


クラフト:つまり、紙を切るという行為は、ある意味で本、スケッチブックから始まったのですね。その後、紙の束へと展開し、大規模な作品になっていきます。非常に複雑で、多くの細部を持つ彫刻的な作品です。こうした大きな作品の発想はどこから来たのですか。


安部:サイズはすでに大きくなっていましたが、その後に9月11日がありました。私は日本にいましたが、ニューヨークに友人らがいましたし、とても衝撃的で、自分をどうにか癒したいと思い、祈るように切りながら、線を掘り出しただけの大きく厚い白い紙の作品を作り始めました。地図のようでありながら、境界も国もない、自分自身の地理で、白くミニマルなものです。「私たちは空である」という感覚——仏教的な考えとも関係しているかもしれません——が、とても穏やかな気持ちを私自身にもたらしました。


クラフト:下描きを使わず、すべて手で切っているとのことですが、「掘削」と呼んでいるプロセスはどのように始まるのですか。


安部:最初のカットはごく小さい、一番小さいものです。それを一番上の紙に置いて切ると、その下の紙に痕跡が残ります。それをガイドにして、次のカットを少し一回り大きくし、紙をめくりながら、さらに少しずつ大きく切り進めていきます。そうして掘り進めた作品になります。


クラフト:もう一つ、書籍を切り込む作品について伺います。百科事典や地図帳のこともありますが、多くは美術書ですね。ドクメンタ13のカタログや、ゲルハルト・リヒター、リチャード・セラ、最近ではファザル・シェイクなどのモノグラフにも切り込みを入れています。強く共鳴する作品を選んでいるように思えます。


安部:はい。実際、これらの作品について「アートの神への捧ぐ」とステートメントに書きました。


クラフト:それを「大それた言葉」とも書いていますね。


安部:はい。ただ、それが最も適切な言葉だと思いました。


クラフト:しかし、それらの本は単なる素材ではありませんね。その扱い方自体が、心を動かされた作品への応答になっています。


安部:そうですね。本を切ることは、私にとってコラボレーションのようなものです。印刷物はオートマチックにメッセージ性を伝えるので、素材の選択は重要です。ページごとに対話をするように切ることで、既存のパターンや情報を変化させ、新しいコンセプトを表現していきます。また本という構造自体も、ドローイングと彫刻のあいだにある私の作品と同様に、二次元と三次元の境界に位置していますから。ただ、素材に対する作家のコンセプトは常に単純とは限りません。私はむしろそれは作品自体に語らせたいと思っています。見る側の受け取り方を誘導したくはありません。作家としての私は、自己を表現することには関心がありません。アーティストは、ある意味でシャーマニズム的な感覚を持つフィルター、あるいは媒介であるべきだと思っています。

© 2023  Noriko Ambe and ARS New York

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