ハインツ・ヘフチェン「最初は、線を描き始めた。ただ線だけだった。」
「層 | Schichtung der Leere」カタログ掲載エッセイ, 2024年
ハインツ・ヘフチェン、カタログ掲載『安部典子:層 | Schichtung der Leere、小瀬村真美の映像作品とともに』
2024年6月28日~8月2日、AOA;87ギャラリー、ベルリン
彼女自身の言葉を借りれば、「最初は線を引くことから始めました。ただ線を。」安部典子の作品は、何よりもまず線を中心に据えている。彼女の芸術は線へのオマージュであり、その線から作品全体が展開されていく。その過程で彼女は、徹底してラディカルでありながら、凝縮されたミニマルな視覚言語によって、強い印象を残す表現形式を見出してきた。
出発点は――言葉の最も正確な意味において逆説的に――線である。線とは、動く点の軌跡、すなわちその生成物である。それは運動から生じ、とりわけ点が本来持つ自己完結的な静止状態の破壊によって立ち現れる。ここに、静から動への跳躍が生まれる。この基礎的な説明は、ワシリー・カンディンスキーが著書『点・線・面』で示したものであり、描かれた平面、さらには空間の構成という目標をすでにタイトルに示しているが、安部典子の展開された作品群を貫く根本的な一貫性を、これほど的確に言い表すものはないだろう。
イギリスの人類学者ティム・インゴルドは、その線の理論において、人間や物の研究とは、それらを構成する線の研究であると述べている。ここで問題となるのは、歩くことや書くことといった人間の日常の中で現れる線の生成と現れである。線は私たちの周囲に刻み込まれ、行為や軌跡をなぞる。それが痕跡として現れようと――永続的であれ束の間であれ、現実的であれ比喩的であれ――線はいたるところに存在している。あらゆる身振りや経路は、動的で一時的な線であり、不可視の表現でもある。そしてまさにこうした考察こそが、安部典子の芸術を理解する鍵となる。彼女は2017年にキャサリン・クラフトとのインタビューで次のように語っている。「定規や道具を使わずに線を引いたので、それらはまっすぐではなく、少し曲がっていて歪みがあります。そして気づいたのです――『ああ、この自然な歪みこそが人間の感情を運ぶものなのだ。これが私のオリジナリティなのだ』と。」
このことは、AOA;87での安部の展覧会における小瀬村真美のゲスト参加にも見て取れる。彼女の作品《Creating a Void》では、日本の映像作家である小瀬村が、安部の線的な行為の痕跡に焦点を当て、それらがある種の大気的な空虚の場へと流れ込んでいく様子を捉えている。白い紙の上で動く作家の手は、豊かな空虚の層を生成する視覚的な暗号となる。ここにおいて小瀬村は、安部典子の「描く自己」にきわめて近づいている。というのも、彼女が描き、切るものはすべて、彼女自身の直接的で混じりけのない表現、すなわち内奥の感情の表出だからである。
もちろん、安部典子が知られる線を強調した「トポグラフィック・ペーパー・ランドスケープ」は、そのモチーフにおいて自然から引き出された空間構造であり、地質の層を想起させる。一方で風景や有機的成長との関係、他方で人間によって形作られた環境との関係に向き合うことは、必然的に「natura naturans(生成する自然)」と「natura naturata(生成された自然)」の弁証法を根本的に検討することを意味する。この自然の二重性は、自然形態を問う際に常に付きまとうものであり、最終的には作品が自然と並行して立ち現れるという現象へと導く。安部典子の視覚的アプローチもまた、自然と芸術の関係が根源的なかたちで表出するこの芸術的パラドックスを巡っている。さらに重要なのは、鑑賞者がもつ連想の可能性である。鑑賞者は自身の視点を人間と自然の対話へと持ち込み、それによって作品のアウラを開いていく。
自然の諸事物への関わりは、もちろん新しいものではない。それらの描写や問いは、人類が描き、彫ることを始めた時から存在してきた。しかし、その状況はここに見られるように、ますます複雑化している。この自然への問いかけの方法は、20世紀美術にいくつかの先行例を持つ。結果はまったく異なるにせよ、そこには同様の思索が前提としてある。当然ながら、安部典子の芸術における彫刻的基盤とは何かという問いも生じる。同時代の彫刻もまた、生物形態的、すなわち自然の生命力によって形づくられる伝統を有しているからである。近代美学の根本的キーワードである「自然」と同様に、彫刻もまた成長の力とのアナロジーへと開かれている。
詩的な美学と一見した軽やかさを備えた白い紙のオブジェは、安部典子の彫刻作品の特徴である。彼女は白い紙を用いることで、できる限り素材性を抑えた中立的な基盤を確保している。さらに、《Tracking through the curtain》のように、無数の切り込みに耐える極めて耐久性の高いユポ紙を用いた、大型で空間を満たす作品もある。そこでは、空間の中で生じる印象派的な光の反射を操作しながら、「間」と呼ばれる領域、すなわち光に満ちた空虚を創出している。
安部典子は、自らの出自である文化的遺産を深く意識している。彼女は紙の切り絵や日本の紙の芸術を直接引用することはないが、特定の形式の伝統には敏感である。それは、どこかで見たことがあるようでいて認識できない既視感――いわばアイロニカルなパラドックスであり、彼女はそれをむしろ積極的に引き受けている。
ハインツ・ヘフチェン
1954年、ネッカー川沿いのエッシンゲン生まれ。マインツ大学にて美術史、哲学、ジャーナリズムを学ぶ。1982年:ドイツ印象派絵画に関する博士号取得。1984年~2019年:カイザースラウテルンのファルツギャラリー美術館にて版画コレクションのディレクターを務める。19世紀から21世紀の美術に関する数多くの展覧会や出版物を手掛ける。オッフェンブルク在住。